2011/06/29

手紙

○○先生へ

先生 お元気でいらっしゃいますでしょうか
おかしな書き出しでございますこと 深くお詫び申し上げます
実は 感染症から一命を取り留めたあと どうしても先生の名が思い出せず
先生方に確かめたところ 仁友堂には そのような先生などおいでにならず
ここは わたくし達がおこした治療所だと言われました
何かがおかしい そう思いながらも
わたくしもまた 次第にそのように思うようになりました
夢でも見ていたのであろうと

なれど ある日のこと 見たこともない
奇妙な銅の丸い板を見つけたのでございます
その板を見ているうちに わたくしは おぼろげに思い出しました
ここには 先生と呼ばれたお方がいたことを
そのお方は 揚げだし豆腐がお好きであったこと 涙もろいお方であったこと
神のごとき手を持ち なれど 決して神などではなく
迷い傷つき お心を砕かれ ひたすら懸命に治療に当たられる
仁をお持ちの人であったこと
わたくしはそのお方に
この世で 一番美しい夕日をいただきましたことを 思い出しました
もう名も お顔も 思い出せぬそのお方に 恋をしておりましたことを

なれど きっとこのままでは わたくしは いつか全てを忘れてしまう
この涙のわけまでも失ってしまう
なぜか耳に残っている 修正力という言葉
わたくしは この思い出を無きものとされてしまう気がいたしました
ならば と 筆をとった次第にございます
わたくしがこの出来事にあらがうすべはひとつ この思いを記すことでございます

○○先生
改めて ここに書き留めさせていただきます
橘咲は 先生を お慕い申しておりました

橘咲
 

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